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「悲壮感」の意味と使い方・例文・「悲愴感」との違いまとめ

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「悲壮感」(読み方:「ひそうかん」)という言葉は、「悲壮感に溢れる」などの形でよく用いられています。

物悲しいイメージのある語ではありますが、具体的にはどのようなことを表すのか、また同じ読み方をする「悲愴感」という語とはどのような違いがあるのか、中には疑問が浮かぶこともあるかもしれません。

そこで、ここでは「悲壮感」の意味と使い方、また「悲愴感」との違いを説明していきます。

 

「悲壮感」の意味と使い方・例文・「悲愴感」との違い

それでは、以下に「悲壮感」の意味と使い方、また「悲愴感」との違いを説明します。

 

意味

まず、「悲壮」には以下のような意味があります。

あわれにまた勇ましいこと。悲しい結果が予想されるにもかかわらず、雄々しい意気込みのあること。

出典:広辞苑 第6版(発行所 株式会社岩波書店)「悲壮」

そして、「悲壮感」という形にすると「最終的に悲しい結果になることを予期していても、物事を進んで行おうという勇ましい気持ちやそうした印象、雰囲気があること」を表す語となっています。

 

使い方・例文

次に、「悲壮感」の使い方を例文を使って見ていきます。

この言葉は、たとえば以下のように用いることができます。

  • 「余命幾許(いくばく)もない彼女からの手紙は、残された時間で叶えたい夢が綴られた悲壮感溢れる(あふれる)ものだった」
  • 「少しでも多くの作品を書き残そうと、病を押して机に向かう彼の姿は悲壮感に溢れていた」
  • 「会津戦争を描いたその作品に登場する武士たちの悲壮感溢れる姿は心を揺さぶるものがあった」
  • 「その作品で描かれた細川ガラシャの不遇な半生と悲壮感に溢れた最期に切なく胸を打たれた」

 

「悲愴感」との違い

次に、似た意味のある「悲愴感」という語との違いについて見ていきます。

まず、「悲愴」には以下の意味があります。

悲しく痛ましいこと。

出典:明鏡国語辞典(発行所 株式会社大修館書店)「悲愴」

そして、この語と「悲壮感」の使い方を比較すると以下のようになります。

  • 「悲愴感」:「一人息子を亡くしたばかりの彼を訪ねたが、終始悲愴感漂う面持ちで普段の明るさは微塵(みじん)もなかった」(≒「一人息子を亡くしたばかりの彼を訪ねたが、終始悲しく痛ましい面持ちで普段の明るさは微塵もなかった」)
  • 「悲壮感」:「余命が短いことを分かっていても残りの人生に悔いのないよう必死に生きる彼の生き様は悲壮感に溢れていた」(≒「余命が短いことを分かっていても残りの人生に悔いのないよう必死に生きる彼の生き様は、死を予期しているにもかかわらず勇ましい意気込みに溢れていた」)

つまり、「悲愴感」は「見るに忍びない悲しく気の毒な様子であること」、「悲壮感」は「悲しい結果が予想されているにもかかわらず勇ましい意気込みがあること」を表すという違いがあります。

 

まとめ

以上、「悲壮感」の意味と使い方、「悲愴感」との違いについてまとめました。

この言葉は「悲しい結果を予想しているにもかかわらず、何かを自ら行おうという勇ましい意気込みがあること」をいい、ある物事の結末が悲しいものであることを予期していても勇ましく進んで物事をしようとする気持ちがある人についていう場合に「悲壮感溢れる~」などの形で用いられています。

それに対して「悲愴感」は「悲しく痛ましいこと」をいい、ある人が悲しいことに直面して見るに忍びないふびんな様子であることをいう場合に「悲愴感漂う~」といった形で用いられます。

これらは同じ読み方をしますが、それぞれ異なる意味があるため、場面によって適度に使い分けると良さそうです。

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